BsBsこうしょう

これは考えたことではなく思ったことです。

結束バンド:カラカラ お気持ちアナリーゼ

前文

内部用に作っていたアナリーゼの資料だが、まとまった文章が必要かつ口頭での説明が難しいので、そもそも外部に公開する体で書いてしまうことにした。

アナリーゼ (独:Analyze) とは、楽曲を理論的に分析することである。自分もまだお気持ちしか理解していないので何とも言えないのだが、人が曲を聞いたときに「この転調いいな~」とか「このメロディラインいいな~」とか思う部分の「いいな~」の何が良くて何が悪いのかを順序立てて説明するための作業と言ってよい。

逆に言うと、アナリーゼをするからにはそのレベルの感想を超える必要があるということであり、これは素人にとってはかなり厳しい (自分にも厳しい)。

ja.wikipedia.org

今回はアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』でおなじみ結束バンドから、『カラカラ』をテーマとする。

www.youtube.com

TV Sizeが分析の対象なので、動画もTV Sizeのものを挙げる。

カラカラの楽譜

カラカラのメロディとコードを採譜した楽譜が以下である。今回はこの楽譜について分析を行う。

メロディはBadlyluckyによる採譜、コードはChordWikiからの引用。メロディはいくつか間違いがある可能性がある*1 *2

まず、調はcis-mollである。ただし、ポピュラー音楽において短音階長音階の区別はほとんど意味をなさないので、これはE-durとしてもよい。以下の分析では、長調で解釈した和声の表示を上段に、短調で解釈した和声の表示を下段に書く。

また、和声の分析において第七音以降はテンションなので分析の対象としない*3。つまり、コードは数字の前までを見ればよい。

では準備ができたところで、introから本格的な分析に入る。

アナリーゼ

inrto

始まり方から考えて、introはcis-mollが支配的であると考えるのが妥当だろう。となると、4小節目のノンダイアトニックコードで壁にぶち当たることになる。Aメロの始まりを見ると、A-durに転調している可能性があるので、先にAメロを分析することにする。

Aメロ

まず、素直にAメロをE-dur/cis-mollで解釈したときの解析結果を載せる。

E-durはTSのカデンツァしか登場せず、明らかな違和感がある。一方、cis-mollはそれなりの進行感が得られる(曲調に合わせて、あえて明確な解決を21小節のみに控えている)。これは1634進行の短調バージョンである。なので、E-durとcis-mollであることに対して特に異論はない。

しかし、メロディにE-durを特徴づける音である、Disがコードにもメロディにも登場しない(表拍に限ればメロディの20小節のみ)ことに注目したい。Disがほとんど登場しないということは下属調であるA-dur/fis-mollとしての解釈が可能ということになる。実際にA-dur/fis-mollとして解釈してみると、結果は以下のようになる。

なんと、A-dur/fis-mollとして解釈しても破綻しない(!)。A-durで見られる1563進行は(1634進行よりも)かなり王道の進行パターンだ。なので、A-durとも言えそうな気持ちになってくる。ただこれは順序が逆で、「パッヘルベルのカノンにも使われる1563進行をJ-POP作家やシンガーソングライターがこねくり回した結果、1563進行を別の調に音高を変えずに移して1634進行が生まれた」、といったところだろう。

4つの調による解析結果を載せたが、中でもAメロの真ん中の21小節が半終止となっているA-durがこの部分の調として有力そうである。cis-mollとした場合、introの4小節のつながりを説明するのに少し苦労することになる。一方A-durとした場合、20小節のC#m9とメロディに登場するDisの説明に苦労することになる。ここで取れる選択肢は以下の3つである。

  1. introとAメロはともにcis-mollであり、4小節と5小節は借用和音である。
  2. introはcis-mollだが、4小節でA-durに転調する。その後AメロはすべてA-durであり、C#m9のDisはただのテンションでコード進行には関係ない。
  3. 1と2の融合。4小節でA-durに転調するが、AメロはA-durとcis-mollの中間の状態を保ったまま進行する。

A-durとして解釈するとコードは力強い進行感を生むが、メロディにはA-durとしての力強さはさほどないように感じる。具体的には、使われている音にAやEなどの強い音が少ないかわりにHのような弱い音が目立つ。

1の解釈を採用した場合の4小節の処理についてだが、4小節は3小節のC#m9のベースを半音上に移動させたクリシェ進行であり、そこからそれをe-mollのVIIと見なしてからのe-mollの借用和音 (副V?) でcis-moll に戻すといった解釈がおそらく一般的だがやや苦しい。

3の解釈を少し応用すれば、4小節~36小節までについて、E-dur/cis-mollとA-dur/fis-mollにかかる転調に必要なポテンシャルは低いということになる。なので、ここは4小節でA-dur/fis-mollに転調した後、6小節でE-dur/cis-mollにあいまいな形で戻るという解釈を採用する。これはアナリーゼの定義から離れているように思うが、元よりcis-mollの1634進行があいまいな調性を企図して生み出された進行ということならば、この解釈が最も自然になる。

言い換えれば、1634進行のあいまいな調性に自然に移行するために、4小節でわざと転調する素振りを見せた、ということになる(実際には転調していない)。

以上の解釈を適用したintroとAメロは以下のようになる。

違いを分かりやすくするために、A-dur/cis-mollでの表示を行った。

また、リズムでは13小節と29小節の2拍の変拍子が印象的だ*4。「カラカラは変拍子が特徴的な曲」と評されることがあるが、実は変拍子となっているのはintroとAメロだけで、残りは全て4拍子である。ではなぜ変拍子と人々が捉えるかと言うと、最初の方に固まって出てくるからだが、もうひとつAメロに工夫が隠されている。

2拍子になっている13小節と29小節を比較すると、13小節は文字通り2小節の休符なのに対して、29小節は手前側にノイズが引っ付いている(痺れる からだの「からだ」の部分)。このノイズは和声上でも明確に前後と区別されていて、「からだ」の3拍の頭でわざわざギターのバッキングを弾き直している。つまり、作曲者の頭の中では28, 29小節は3拍子もしくは6拍子で作られている可能性が高い。

同じパートに対して異なる拍子を割り当てるのは記譜法上あまり見ないので、12, 13小節と同じように28, 29小節は4拍子+2拍子にして4拍子の最後の1拍をシンコペーションにしている(おそらくその解釈が一般的でもある)。どちらの解釈でも楽曲の狙いとしてはほとんど同じで、あえて異なる前半と後半で異なるリズムにすることで、同じ拍子でも異なって聞こえるようにデザインされている。

聞き手には4拍子と3拍子と2拍子が混在して、しかもあいまいな音程のintroとは違いメロディラインで聞こえるわけだから、この曲は変拍子であると強く印象付けることができる。

Bメロ

BメロはAメロよりもさらにE-dur/cis-mollとしての調性は失われ、完全にA-durになっている。そのため、A-durによる解釈を行う。数回出てくる H-E-Fis-Gis-A-Gis-- のフレーズとか、かなりA-durっぽい。

Aメロで転調しているかどうかはあいまいと述べたが、Bメロでは明確に転調しているため、introの終わりかBメロの始まりのどちらかで転調しているということになるだろう。

51, 52小節のドッペルドミナントを通じて、サビに向けてE-durに戻るダイナミズムが見られる。この原理はJ-POPでよく知られたキー上げ/キー下げと基本は同じで、一番盛り上がるところに向けてアガる転調を持ってきている(今回はBメロで下属調に下げて、サビで戻す動き)。この戻るときに出てくるドッペルドミナントを転調後と解釈するか転調前と解釈するかは人それぞれなので、自分は両義的な書き方を好んでしている。一般に、ドッペルドミナントは転調の前触れなので。

あまりにあっさりしすぎているので、雑ながらfis-mollで解釈したときのコード進行を下に載せておく。

4. サビ

サビはBメロの終わりでE-durに転調したものをそのまま用いる。始まりがE-dur/cis-mollだったことを考えれば、サビがE-dur/cis-mollであることに議論の余地はない。

E-durは親の顔より見た王道進行4536。逆にcis-mollはぱっとしない感じのコード進行なので、これは明らかにE-dur。全体では短調から平行調長調なので、MVの雨も上がっている。

これも(iiiで見たかはともかく)よく見るパターンだが、59, 67小節でクリシェのパターンを取り入れることで、ちょっと捻りを加えている。古典和声では上方変位の形で表される(それでもiiiはないけど)が、普通にクリシェの技法として捉えたほうが見通しがいい。

クリシェの部分の抜粋。第三音に注目すると H-C-C# となっていることが分かる。

61小節で副V(下属調A-durからの借用和音)が登場する。Aメロから長い付き合いだったA-durの風合いを、ここでもアピールしている。周囲の調性がはっきりしているので、ここでは調性がぼやけている感覚はない。

メロディラインに注目してみると、曲全体を通してH音(V)が好きすぎるということが見えてくる。ミクソリディア旋法やドリア旋法を参考にして作ったのだろうか?*5 AM7に対してH音は非常に良いテンションになるので、それに乗っかっただけのような気もするが……。

soundquest.jp

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ソの安定感を聴く

ソの音は本当によく安定していて、どこまでも伸ばすことができます。

映画の主題歌になった、スピッツの「歌ウサギ」という曲。メロは0:45〜。一本調子のメロディが特徴ですが、それが「ソ」の音です。傾性が無いに等しいので、これくらいずっと連打していても全く問題なく成立しています。でもやっぱり主音で伸ばすのと違って、浮き足立っている感じがありますね。何となくウサギっぽいとい言えばウサギっぽい。安定音たるド・ミ・ソは、聞き手に何ら緊張感を与えずに伸ばし続けることができます。

調性引力論 ❶ 傾性とその解決 - SoundQuest

まあ、このへんはかなり影響していそう(E-durから見たときHはソ)。

また、最後がGisで終わっていることも見逃せない。Eコードにおいて第三音に当たるGisはEコードの中では比較的不協和な音で、吹奏楽などのボイシングでは少し(音高を)低く弾きなさいという話があったりする。

Gisは不協和なのでどこか別の音に行きたい誘惑がある音だ。もちろんE-durにおけるEコードはド安定なコードなので別にいいのだが、それならさんざん擦り続けたHで終わるほうが都合がいいはずだ。

だがこれをあえてGisで終わらせることで、聞き手に「いやそこで終わるんか~い」という意外さをもたらすことができる。実際、カラカラのTV Sizeは尻切れトンボな終わり方をする*6

副Vといい、サビは「ちょっとコード進行覚えてきた人がイキって作る曲」感 がすごい出ている。逆に実はサビより高度なことをやっているAメロは、「手癖で作ったらそうなった」という偶発性を感じさせる。捻くれバンドオタク山田リョウが作りそうな曲として、作曲者の解像度が高すぎる。

また短調で始まったのにもかかわらず、長調で終わっていることにも注目したい。おそらく類型はポピュラー音楽の中に無数にあるが、MVになぞらえて言うならば「上がった雨が再び降り出すことはない」わけだ*7

終わりに

実はちゃんと曲をコード進行の目的までアナリーゼしたのは初めてだった。以前コード進行を分析していたころに比べて、格段に引き出しは増えていて今回は全曲の分析を行うことができた*8。テーマとする曲が平易だったからなのもあるが、実力の着実な向上を感じる。

ちゃんと作曲者の狙い(?)まで知ることができて、曲を読み解く側の人間としては本分を発揮できたのではないだろうか。ガチ音楽の話なのでどれだけの人間に通じるか分からないが、このアナリーゼが『ぼっち・ざ・ろっく!』を読み解く上での参考になればそれに勝る喜びはない。

*1:4小節、12音階に直せず無理やり翻訳

*2:間違っている可能性がある小節は、19小節、40小節、60小節など

*3:単純にコード進行に関係ないのと、テンションを分析する能力がBadlyluckyにないため。

*4:変拍子は用語として間違いだが、誤用の方が一般化しているためあえてこちらを用いる。

*5:さすがに実物をちゃんと分析して聞いたことはないので分からないが、ロックやポップスの文脈で教会旋法が参照されることはそう珍しいことではないと聞いている。

*6:ちなみに軽くフルサイズを聞いてみたらフルはHで終わってた。

*7:ちなみにフルではまたcis-mollに戻ってしまう。「君」に伝えたいことはうまく伝えられなかったのだろうか?

*8:以前はどうしても分からないところがいくつか生じた。