0. なぜあなたが新しいコンテンツを始めなければならないか
推し活という言葉が定着してもう長いが、それより前から人は何かに魅了されていることが当たり前だった。それは立派なことだが、こんなことを考えたことがないだろうか。「私はこれに飽きたらどうなってしまうのだろう?」
「新しい推しを見つければいいじゃん」と無邪気に思うかもしれないが、それは言っているよりもはるかに難しいことだ。少なくないケースで、新しい「推し活」を始めたとしても、前の推しの幻影に振り回され続けることになるだろう。「あの人だったらそうでなかったのに」と、愚痴をこぼしたくなるときもあるかもしれない。これは「昔は今と違って~」と余計なことを言うジジイと変わらない所作である。その通り、厄介オタク、ひいては老害はこのようにして生まれる。
つまり、好みが広がっていない状態というのは、受容者としてどんどん老いに向かっていることに他ならない。よりはっきり言えば、あなたがいつメンでいる間、あなたの貴重な感性は腐り落ちているということだ。感性を若く保つためには、常に新しい刺激に対して敏感である必要がある。あなたの感性は特別なことなど何もなく、むしろ粗悪品であり、ゆえに感性にもアンチエイジングが必要になる。
しかし、そのようなことは容易ならざる壁として立ちはだかる。なんでもできた十代と違って、あなたはもう若くない。新しいものに触れるのはそれだけ苦痛が伴うに違いない。
それでも、である。心の健康を保ち、人間関係を破綻させないためには、それでもやり遂げなければならない。この記事では、一般に敷居が高いとされるクラシック音楽を例に、その壁を乗り越える方法を紹介したい。
- 0. なぜあなたが新しいコンテンツを始めなければならないか
- 1. 情報収集
- 2. ローラー作戦
- 3. 本格的に沼にハマるためにできるテクニック集
- Ex. 手っ取り早くクラシックピアノでイキる方法を教えて
1. 情報収集
実はまっさらな状態でいきなりコンテンツに入っても楽しめることの方が稀だ。ソシャゲをあちこちやっては「これは違うんだよな~~~~」とか言いながらすぐ辞めるサ終難民がいるが、あれと同じことになる。コンテンツにはそれぞれ望ましい態度、事前知識というものがあり、それをあらかじめ把握していないと「やっぱりつまらなかったね」で終わりがちである。それでは始めた意味がない。そしてコンテンツに触れ始めるときはそのコンテンツ内での物差しを持たないため、他の(あなたが好きな)コンテンツとの比較になる。当然そうなると面白く感じられず、それは年を取るごとにどんどんひどくなっていくにちがいない。なぜなら、あなたがコンテンツを他のコンテンツと比較しているとき、比較しているのはコンテンツではなく、それを楽しむことで培ったあなたの人生そのものだからだ。人生と比較して勝てるものは、世の中にそう多くはない。だから、適切にハマるためには勉強を欠かしてはいけない。
本格的にやり始める前に少しだけ勉強しておく。これだけで見える景色はがらりと変わってくる。コンテンツによって、事前に必要な勉強の媒体は変わってくるだろう。僕は本を1冊読むことが多いが、それは僕の今の興味が古典芸術に偏っているためにすぎない。最近のものだと、ネットの俯瞰した紹介記事を読むとか、LLMに尋ねるとか、ゲーム実況を見るとか、さまざまなやり方があると思うので、自分に合った方法を選んでほしい。また、入り口自体はどこにでも転がっているものなので、見慣れないものを普段いるところで見かけたら躊躇なく踏みに行くことが大事だ。人間は多様なので、よく観察するとみんな本当にさまざまなことに手を出している。
そこまでやると、いわゆる初期デッキ*1が決まるはずだ。まずはそこから手を付ける。初期デッキは正直そこまで面白くない可能性もあるが、そこは慣れるためにある程度飲み込んで頑張って。
それなりに詳しい人に聞くのが一番早いので、知り合いに詳しそうな人がいそうなときは遠慮なく頼ろう。
1-1. クラシックピアノで初期デッキを組むのにおすすめのセット
クラシック音楽は色んな人によって色んなスターターデッキが提案されているし、そのリストはかなり共通する部分があるが、僕からも改めて提案させてください。
とにかくノスタルジアをやってください。
お願いします。お近くのゲームセンターに行ってノスタルジアをやってください。
このサイトからジャンルでソートしてC/J欄を見る(解禁曲が多くて見れないものもあるが)。ノスタルジアのクラシック曲はゲームとして楽しめ、短くカットされており、難易度幅が広く初心者から上級者まで楽しめ、しかも曲選もメジャーどころをバランスよく揃えたという、奇跡のバランスで成り立っている。ノスタルジアをイヤホン挿してプレイして*2、クラシック/ジャズジャンルの譜面を簡単なものから埋めていくのが、自分の一番のおすすめ。
いやホントマジでプレイしてくれ。このゲームに限ってはいつなくなってもおかしくないので。
2. ローラー作戦
詳しくなるための方法は、今も昔もひとつしかない。すなわち、手に届く範囲全部触ることである。と言っても仕事ではないのだから、興味のないところから全部触る必要はない。1で初期デッキを一通り楽しんだ後、特に気に入ったタグがあると思う。例えばクラシック音楽の場合、それは作曲家だったり、編成だったりする。そういう自分の傾向が分かってきたら、今度はその方向のものに絞って全部触る。例えば気に入った作曲家がいたら、その作曲家の作品リストを調べて全部聞く、YouTubeチャンネルに行って動画を全部流すといった具合に。これだけでも、どこに出しても恥ずかしくない程度には詳しくなれる。
少し書いたが、クラシック音楽では作曲家ごとにまとめて聞く、というのが基本の聞き方になる。これは現代のプロの作曲家に対する姿勢と比べると、少し奇妙に感じるかもしれないが、バンドとか同人アーティストに対するそれと同じと思えば、ある程度納得してくれると思う。
僕はクラシック音楽を全部聞いているわけではなく、ピアノ曲ばかり聞いているので、知識にかなりの偏りがある。というのも、クラシック音楽は本当に膨大な数の曲があるのだ。比較的少ない方のショパン(1人の人間)でさえ、作品番号がついているものは74作品、そして1作品に平均5曲程度収録されているので、概算でも全体では350曲を超える。1人に絞っても1大サブカルコンテンツに匹敵する、あるいはモノによっては圧倒してしまう曲数なのだから、全曲聞くのは途方もない道のりなのが分かると思う。そしてそれは他の作曲家や、他のコンテンツにも当てはまる。全部聞くことも大事だが、ほどほどであきらめることも大事だ。
3. 本格的に沼にハマるためにできるテクニック集
ここでは2で一通り楽しんで、もっと色々知りたいけどそのための手がかりがない! という沼にどっぷりの人のためにできるテクニックを紹介する。いくら新しいコンテンツにハマったとしても、そこで新しいことをやらなくなれば、結局最初の状態に戻るだけだから、こういった搦め手はしっかり体得しておきたい。
3-1. リコメンドガチャ
たいていのサービスには、AIが選定したおすすめをどんどん再生していく機能がある。この機能をしばらく回してみて、見たことないものを見つけたらどんどん突っ込んでいく。YouTubeのおすすめ機能はあまり出来がよくないが、Spotifyはなかなかいいものを薦めてくれるので、ありがたく活用している。
3-2. リアルイベント参加
サブカルオタクの中にはいきなりリアイベ参戦をかます行動力の化身もいるが、個人的には2をだいたいやって既存のコンテンツをしゃぶりつくしたくらいのタイミングが、リアルイベント参加に踏み出す好機だと思う。映画のオタクがたまに言っているが、リアルタイムで進行するイベントは、たとえあまり好みでないものにぶち当たっても無理やり飲み込ませてしまう強制力がある。予想外のものに出会うためには、この強制力がとても役に立つ。
そこで当たった知らないものの名前を記録しておき、ふと思い立った時にそこを掘ってみると、思いがけない掘り出し物と出会えるかもしれない。
3-3. Wikipedia一本釣り法
主に海外のコンテンツで、ある程度ジャンル分けについて知っている場合に有効な方法。日本語の情報収集は結構早い段階で限界が来るので、現地語で検索をかけることで新しいものを取り入れる方法。
それなりに系統だっている場合は有効だが、そうでない場合はあまり効果がないかもしれない。しかし、マイナーなクラシック音楽を掘る場合はかなり効力を発揮する。そうでなくとも、例えば韓国の情報なら https://namu.wiki/を頼るなど、日本語に縛られないことはかなり大切な心構えになる。
Ex. 手っ取り早くクラシックピアノでイキる方法を教えて
まず、色んなものをつまみ食いのように聞くよりは、ある特定の狭い範囲を深く研究したほうが尊敬される可能性は高い。いかに詳しい人で、いかに著名な作曲家であっても、本当に全曲聞かれていることはなかなかないからだ。だから、本気で2のローラーをやれば、それだけで一定のポジションを築くことができる。
「それすらめんどいんじゃ! 俺はなんでもいいからムカつく奴らに"""教養"""でイキりたいんだよ!」というせっかちな人のために、クラシックピアノのおすすめ紹介も兼ねてコスパのいいものを何曲か紹介する。
1. ショパン Op.10
ショパンはクラシックピアノの中ではトップ中のトップティアなので、何に詳しくなるにしてもある程度知っておいたほうが良い。そのうえでどれを聞くのがコスパがいいかとなると、やはりエチュードだろう。エチュードは革命など有名なものも多く、短くて難解でなく聞きやすく、それでいてピアニストや評論家からの評判も高い。また、Op.10とOp.25は難しい曲集の代表格としても知られており、超上級者の登竜門としての性格を持ち、ここで使われているテクニックが現代ピアノで使われる技法の礎となっているなど、様々な側面から極めて重要な楽曲群である。
2. ラフマニノフ
ショパンを知ったうえでとなるが、手っ取り早く「俺これ知ってるんだぜすごいだろ」をやりたいなら、やはりラフマニノフではないかと思う。ラフマニノフは多様な作品を書いた多作家だが、一般ピアニスト的には「異常に手がデカい人のための曲ばかり書いた、異常に手がデカい人」で知られている。ピアノ以外のラフマニノフの作品がそこまで知られていないこともあり、ピアニスト的には、やっぱり「ラフマニノフ好きです!」って来たら結構感心する*3。
ラフマニノフにめちゃくちゃ詳しい人はそうそういないので、Op3-2「鐘」と、Op23-5と、あとピアノ協奏曲第2番(長いけど)を聞いておけばよい。ぶっちゃけ、よっぽどの通でなければこれら以外の曲に精通していないので、これで誤魔化しきることが可能。
3. カプースチン Op.40
カプースチンはイキるには少し弱いかもしれないが、純粋におすすめなので。カプースチンは最近(2020年)まで存命だった、時代区分的には現代音楽にあたる作曲家。その特徴は実際に聞いた方が早いので省略するが、とにかくピアノを全く知らないような人でも入りやすく、そしてそのキャッチ―さゆえにジャンルを問わず各所にフォロワーがいる*4という、かなりスゴイ存在だ。その中でも最も有名な8つの演奏会用練習曲 Op.40は、ショパンのOp.10と同じく、短く、特徴が分かりやすく表れ、聞きやすい。
ただ、カプースチンは変なオタクを呼び込みやすい作曲家なので、ピアニストの前であまり言いふらすのはおすすめしない。囲まれても知らないし、ニワカがバレると返り討ちにされます。また、このナリをしてクッソ激烈に難しい曲集でもあるので、知り合いにピアニストがいても間違っても「この曲弾いて」などと決して言わないこと。ショパンのOp.10より嫌われると思う。